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蚊が運ぶ感染症

ここでは蚊が運ぶ感染症を解説します。

(1) 70年ぶりに国内感染が確認されたデング熱
(2) 昭和に流行した日本脳炎
(3) クレオパトラも平清盛も苦しんだマラリア
(4) 平安時代から流行があったフィラリア
(5) 感染症を媒介する蚊たちの、それぞれの戦略:蚊の栄枯盛衰

デング熱日本脳炎 マラリア フィラリア 蚊の戦略


蚊の栄枯盛衰ボタン

栄えたり衰えたり(蚊の変遷)蚊が媒介する感染症ネッタイシマカの進化ヒトスジシマカの進化衰退するコガタアカイエカとシナハマダラカ群昭和の時代を代表して栄えたアカイエカの衰退


感染症を媒介する蚊たちの、それぞれの戦略

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この項では人類をさんざん苦しめてきた感染症を媒介する蚊が環境に巧みに適応しながら栄枯盛衰を繰り返す興亡の歴史を振り返ってみたいと思います。


 

昭和・平成の時代に発生を繰り返す4種蚊類の変遷

蚊の年表
昭和・平成の時代に発生を繰り返しているアカイエカ、ハマダラカ、コガタアカイエカとヒトスジシマカの4種の蚊と関係する感染症の流行を図にまとめてみました。

(時代やそれに伴う環境の変化によってそれぞれの蚊の生息状況が変化したことをわかりやすくするために便宜的に表にしました)

マラリアやフィラリアが蚊に刺されたことによって感染するということが明らかになったのは、今からわずか100数十年前の明治の時代になってからです。最初に、1877年(明治11年)英国のパトリック・マンソンがフィラリアは蚊によって媒介されることを初めて報告しました。しかし、彼はミクロフィラリアを吸血した蚊が水中で死んだ際に、ミクロフィラリアが水中に出てしまい、ヒトはその水を飲むことによって感染すると考えていました。
その後、1900年(明治33年)になってオーストラリアのトーマス・バンクロフトが経口ではなく、正しくは、蚊に刺されることによって感染することを明らかにしました。

次いで、マラリアは1897年(明治30年)に、英国のロナルド・ロスが蚊の胃袋にマラリア原虫を見出し、蚊とマラリアの生活環を解明しました(1902年ノーベル医学生理学賞受賞)。

また、デング熱は、1903年(明治36年)レバノンのグラハムは蚊がデング熱を媒介することを報告し、1906年(明治39年)オーストラリアのトーマス・バンクロフトはネッタイシマカが媒介することを証明しました。そして、日本脳炎は1933年(昭和8年)日本の三田村によって蚊が媒介することを明らかにしました。



 

蚊が媒介する感染症

蚊が媒介する感染症蚊が媒介する感染症:

昨年(2014年)話題になったデング熱以外にも、蚊が媒介する感染症はたくさんあります。


 

ネッタイシマカとヒトスジシマカの環境への適応・進化の違い =ネッタイシマカ=

ネッタイシマカ:ヒトの血を好む家屋周辺型(都市型)への適応・進化

ネッタイシマカの進化
ネッタイシマカはもともとアフリカを起源とするヤブカで、現在では熱帯~亜熱帯地域に広く分布しており、東南アジアではデング熱の主要な媒介蚊になっています。

ネッタイシマカは太古の時代には奥地の森林の中でいわゆる森林型生活環を維持し、野生動物を主な吸血源としていました。 ところが、奥地のジャングルが開発されて、ヒトが住むようになると長い時間をかけて徐々に新しい環境に適応していくようになりました。

野生動物吸血性からヒト吸血性へ、野外(屋外)休止・野外吸血性から屋内休止・屋内吸血性へと劇的に新しい行動習性を獲得していきました。

野生動物の血を好む森林型からヒトの血を好む家屋周辺型(都市型)への適応・進化です。


 

ヒトを好む家屋周辺型のネッタイシマカ
このことに関してごく最近、大変興味ある知見が報告されています。

ネッタイシマカの2つの型が共存するケニア沿海部のネッタイシマカを使った実験で、ヒトを好む家屋周辺型のネッタイシマカはヒトのにおいに高濃度で含まれる化合物(スルカトン)のにおいを敏感に感じるための、特殊に進化した嗅覚受容体Or4という遺伝子をもっているわかりました。

これは、ヒト以外の血を好む森林型のネッタイシマカはもっておらず、ヒトの血を好む家屋周辺型のみに見られる特別な進化でした。
。ネッタイシマカには本来ヒト以外の生物の血を吸う森林型しか生息していなかったのですが、かなり大昔のある時期に突然変異が起こり、ヒトの血だけを好む蚊が誕生したと考えられます。

自然個体群における行動の進化と関係の深い遺伝子が見いだされた大変興味深い例です。
(米国ロックフェラー大、L.B. Vosshall がNature 2014.10に報告)


 

ネッタイシマカの生息環境 このように家屋周辺型に進化したネッタイシマカはウシやイヌが近くにいてもヒトのところに吸血に来るほどヒトの血を好むように変わりました

また、人の生活環境に非常に近い所で、庭の水がめや植木鉢の水受け皿、家屋内の瓶や缶などの小容器内に卵を産んで繁殖するようになり、家屋内でヒトのみを吸血し、劇的に行動様式を転換させたのです。

ネッタイシマカ自らがヒトの住む生活環境に順応・適応し、勢力を伸ばし、現在ではフィリピンやタイなどの東南アジアでデング熱の重要な媒介蚊として猛威をふるっています


 

ネッタイシマカとヒトスジシマカの環境への適応・進化の違い =ヒトスジシマカ=

ヒトスジシマカ:卵による越冬で冬を乗り越える能力

ヒトスジシマカの進化 ヒトスジシマカは東南アジアの森林地域を起源とするヤブカで、日本などの温帯地域から東南アジアの亜熱帯から熱帯地域にまで広く生息しています。

特に、1980年代後半からのアメリカ、フランス、イタリアやブラジル、メキシコなどへの世界的な分布拡大は日本を中心とする中古タイヤの国際的流通の拡大(タイヤの中に産みつけられた卵が輸出先で繁殖)が原因とされています。

この時すでにヒトスジシマカは水のない乾燥したタイヤのなかで生き延びる術~卵による越冬(乾燥・寒さに耐えられる)という短日休眠性能力~を獲得していたのです。

ネッタイシマカは成虫で越冬しますが、ヒトスジシマカは卵で越冬する道を選んだのです。しかも、休眠状態になることによって生育に不適な冬を乗り越えるという非常に優れた適応戦略を身に付けたのです。

また、日本などの温帯地域への拡大・分散を可能にするための耐寒性という能力も獲得するようになりました。


 

ところが、ヒトスジシマカはネッタイシマカの様にヒトの生活環境に近い所で生息し、吸血源をヒトのみに依存するということはせず、樹木や植栽の茂みなどに生息し、屋外で休み、たまたま近くに来るヒトや野外にいる動物たちを吸血する森林育ちの性質を変えずに従来の屋外休止・屋外吸血性という行動習性を守っています。


 

ヒトスジシマカの生息環境 最近の東南アジアは大都市化され、近代的なビル群が立ち並ぶようになって大きく変貌しつつありますが、この生息環境の変化はネッタイシマカの今後の勢力拡大に大きな影響を与えるかも知れません。

また、住宅事情や衛生環境の改善などは、ネッタイシマカにとっては不利で、生息しにくい環境に変わりつつあります。

一方で、近代的なビルが建設されても、小さな水たまりなどがある環境はヒトスジシマカにとっては繁栄しやすい場所を提供することになります。

事実、この数年の間に、例えばベトナム・ハノイ市内では冬期にデング熱患者の発生がゼロにならないのはネッタイシマカからヒトスジシマカへの置き換わり現象が生じているためなのではないかと言われています。

また、ミャンマーでは両種蚊によるデング熱・デング出血熱流行の拡大が懸念されるようになっています。


 

このようなわけで、自然環境の変化に対応して適応・進化を続けていくであろうネッタイシマカとヒトスジシマカが今後どのような運命をたどって生き延びていくことができるのかは関心のある所です。 両種蚊の生息動向について注視していきたいと思います。


 

衰退するコガタアカイエカとシナハマダラカ群

水田環境の変化による生息数の変化

コガタアカイエカとシナハマダラカの生息環境 コガタアカイエカの原産地は台湾といわれていますが、多くの水田と沼・ため池などのある日本の農村地帯には普通に生息している蚊です。夕方、人家周辺に飛んできて、人を吸血します。 夏になると屋内に入ってきて寝ている人を吸血することが多くなります。

一方、シナハマダラカ群は余り汚れていなくて草が多い湖沼など比較的広い水域と水田をもつ農村地帯に適応している蚊です。

ところが、最近では、水田の宅地化・工業用地化が進んで蚊の生息環境が縮小・悪化してしまいました。 更に、稲の害虫に対して多量の農薬~薬剤の種類もBHCなどの有機塩素系の殺虫剤から有機リン系やカーバメイト系などの殺虫剤が次々と水田に散布されました。

特に、最近のネオニコチノイド系やフィプロニルといった新農薬による育苗箱処理への普及は大きな殺虫効果を与えたものと思われます。そのため、最近の多くの水田は蚊が発生する環境ではなくなり、その結果、水田環境に依存していたコガタアカイエカ・シナハマダラカ群共に大幅な生息数の低下が見られるようになりました。

 ところが、遠距離まで飛ぶことのできるコガタアカイエカは強力な殺虫剤抵抗性を獲得して少しではあるが勢力を回復しつつあるように思われます。


 

昭和の時代(1940年~1970年)を代表して栄えたアカイエカの衰退

アカイエカの生活環境 アカイエカは人家周辺のドブや下水溝などのよどんだ汚水域を主な発生源としている蚊です。今から70年前の昭和20年(1945年)代における日本の衛生環境は悪く、住宅地周辺にはニワトリ・ブタ・ウシなどが飼育され、これらの家畜から排泄された糞尿や有機物が無処理のまま河川にたれ流されて、アカイエカが大発生していました。蚊といえばアカイエカを指すほど、アカイエカは昔の昭和20年(1945年)から昭和40年(1965年)にかけて大繁栄した蚊で、日本中いたるところで見られました。

ところが、昭和50年(1975年)代になると、めざましい経済発展により、水道の普及率は90%を超え、下水道などの衛生環境も大幅に改善されて、アカイエカの好む生息環境がどんどん消失してしまい、その生息数も激減してしまいました。また、高度成長によって、日本人の生活環境も豊かになりました。高気密化された住宅が普及し、網戸・エアコンなども広くいきわたる様になり、屋内吸血性という行動習性をもったアカイエカは住居内に入り込むことができなくなって、ヒトを吸血することが難しくなったのです。このことは今後、日本ではアカイエカが運ぶ感染症が発生しなくなる可能性が高くなったことを示しているのではないでしょうか?

ところが、平成17~18年(2005~2006年)以降、都会派で昼間吸血性のヒトスジシマカがアカイエカに代わって大繁栄するようになり、現在では捕獲された蚊の70~80%がヒトスジシマカで占められてしまう地域が多くなっています。


 

デング熱日本脳炎マラリアフィラリア蚊の栄枯盛衰

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