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文学とヒル

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ヒルに関する句の情報をいただきました。
小林一茶が「人の世や 山は山とて 蛭が降る」と詠んでいるそうです。(2009.10.22)

かの有名な泉鏡花の『高野聖』には声をあげたくなるようなおぞましき蛭がでてきます・・・・

「飛騨の峠で道を間違えた薬売りを助けようと高野の僧が山道を入る。見通しは悪くないが炎天下に辟易しながら歩を進めると大嫌いな蛇が横切り足が竦む。そのうち大きさが尋常でない蛇がまるで橋を渡しているかのように前をいくものだからこれは山の霊であろうと決めて「まことに済みませんがお通しくださいまし・・・」と土下座までする始末。蛇は見えなくなり涼しい風が吹く。見れば目の前に大森林が。木の種類は杉、松、榎など。土の色が黒く見えるほど影っている森。涼しくて過ごしやすくとも僧の気分は暗くなる一方。そうして進むうちに頭上から笠にボタリと何かが落ちてくる。木の実であると思ったが頭を降っても落ちてこない。何気なく手で払おうとすると冷たい何かが手に触れる。見れば海鼠(なまこ)のように目も口もない不気味な生き物が指の先にぶらさがった。指の先から血がたらたらと流れ出る。びっくりして目の下へ指をつけてじっとみれば山海鼠(やまなまこ)のようなもの。生き血を吸い込むのでぶくぶくと肥っていく。濁った黒い滑らかな肌に茶褐色の縞をもった疣胡瓜(いぼきゅうり)のような動物。これは山蛭だ。・・・」

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ここからは僧と蛭との戦いが始まります。僧は体にはりついた蛭をむしりとろうと必死になり森を駆けだす。すべての木に蛭が生(な)っていると決めつけて蛭の雨の中を逃げ回ります。掻いたりむしったり手を挙げ足を挙げ、まるで踊り狂っているかのように森を抜けて行きます。人間が滅びるのはきっとこの蛭のせいに違いないと思いながら。そしてどうにか蛭の森を抜けて物語は本筋に戻り、僧は峠の家で妖艶な美女と出会うのです。しかしその美女は邪心を抱える男を次々と動物に変えてしまう妖怪でもあり、追っていた薬売りもすでに・・・・という具合。

他には芥川龍之介の『雛』というお話

母親の唇にできた腫れ物を治すため、煎薬の他に蛭を使っている場面があります。患部に蛭を吸い付かせ血を吸わせるのです。一日15銭ずつ蛭を買いに行っていたとありました。かなり昔のことになりますが、チスイビルを肩に吸いつかせ肩こり治療をしていたことがあります。

ヒルは忌み嫌われたり、薬になったりしながらも人と関わっていたようですね。

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